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2016年10月 7日 (金)

メシュラングルメ研究所 10月7日

さあ、先週から日本酒について研究しています。

最近、再び、日本酒が注目を集めています。

ということで、今回は、日本酒について、

佐賀県の「窓乃梅酒造」の13代目蔵元、古賀醸治さん、

北九州市にある地酒処田村本店 4代目 店長の田村洋文さんにお伺いしました。

 

窓乃梅酒造

佐賀県佐賀市久保田町大字新田1833−1640番地

0952−68−2001

http://www.madonoume.co.jp/

 

地酒処田村本店

北九州市 門司区大里本町2-2-11

093-381-1496

営業時間 9:30 – 18:30

定休日  日曜日、祝日

https://www.facebook.com/tamurahonten/

 

清酒の歴史

諸説ありますが、奈良時代には、黒酒(くろき)、

白酒(しろき)というものがありました。

「どぶろく」はそのままで白いので、白酒ですが、

灰を混ぜて濁りを沈殿させ、上澄みを取るのが黒酒になります。

ただ、これらは神様へのお供え物としてのお酒なので、

一般的に清酒(澄み酒)が出回るのは、

江戸時代になってからだというのが定説です。

 

清酒の産地

江戸時代、近畿地方の日本酒を作る技術は優れていました。

その当時、西宮では、「諸白仕込(もろはくじこみ)」という製法を確立させていました。

「麹米」も、でんぷん質原料として使う「掛米」も、精米したものを使う方法です。

田舎では、「片白仕込(かたはくじこみ)」と言って、

麹米は精米しますが、掛米は玄米でした。

ちなみに、精米方法は、水車などを使った「搗き臼」です。

「窓乃梅酒造」の8代目、古賀文左衛門さんは、

安政6年(1659年)、灘の西宮まで酒造りの勉強に行って、

「四ツ井信助」の元で教わったことを、「西宮土産」という技術書をまとめています。

この中で、「主人は3割搗いたと言うが、2割にしか見えない」という話もあります。

ただ、この当時、米を2割以上削っていたのは、すごい技術です。

 

現代の精米

戦前は、50%までが限度でした。

今は35%になるまで削る技術があります。

ちなみに、大吟醸は、50%以上削ると、表記できます。

 

 

さあ、まだまだ「日本酒」について、研究していきますよ!

来週をお楽しみに!

以上、メシュラングルメ研究所でした。